コラム

ホテルの忘れ物問題、その舞台裏──現場のリアルと“時間コスト”についての取材レポート

ホテル・旅館にとって、お客様の忘れ物はゼロにするのが難しい課題の一つです。
忘れ物対応は単なるサービスではなく、年間数百時間の労働コストを生む経営課題
今回は、客室数170室のホテルJALシティ関内 横浜総支配人・佐藤司氏に取材し、現場のリアルと効率化のヒントを探りました。

終始和やかな雰囲気で語ってくれた。

「忘れ物ゼロ」は理想──現場が抱える現実とコスト

ホテルの仕事には、チェックインからチェックアウトまでの“見える接客”と、その裏で積み重ねられる“見えない仕事”がある。その代表格が「忘れ物対応」だ。

忘れ物は年間を通じて発生し、週末や連休、イベント開催時には件数が急増する。
横浜の中心に位置するホテルJALシティ関内 横浜でも、1週間でおよそ100件──
なんとも平日は1日10件、土日は20〜30件ほど。年間では4,000〜5,000件にのぼる計算だ。
シティホテル級で対応するホテルではこれほどの数の忘れ物が起きるのだ。

この数字を経営者の視点で見れば、「1件あたり10分対応」と仮定しても、
年間で約800時間=100人日分の労働コスト。
つまり、忘れ物対応は業務設計・収益構造に影響する固定費なのだ。

タグ付けを行い管理するのも一苦労。

多いのは“充電器”と“ペットボトル”──忘れ物の傾向と変化

「忘れ物のトップは、やはりスマートフォンの充電器です。毎日必ず1件はあります」

と佐藤総支配人。
続いて、衣類・アクセサリー・未開封の水のペットボトル・食品などが多い。

中でも悩ましいのが“食べかけの食品”。

「廃棄してよいのか、保管すべきか判断に迷うこともあります。特に半分以上手を付けていないお菓子などは、本当に対応が難しい。」

近年増えているのは、スーツケースの“置き忘れ”。

「インバウンド客が日本で新しいスーツケースを購入し、古いものを客室に残して帰るケースです。処分には廃棄費用が発生するため、ホテルとしては頭の痛い問題です。」

忘れ物の傾向を分析すれば、客層の行動特性や宿泊動機を読み取る手掛かりにもなる。
ビジネス客は充電器・書類・ネクタイピン、観光客はお土産品や衣類、家族客はおもちゃや子どもの上着など──ホテルの“利用文脈”が可視化されるのだ。

「忘れ物保管」に潜む、意外なスペース課題

忘れ物は、旅館業法第16条および遺失物法に基づき、原則3ヶ月の保管が求められるのをご存知だろうか。
勝手に捨てるなどは言語道断。しっかりとルールがある。
しかしホテルのバックヤードは決して広くない。
食品類は衛生管理上、当日限りの保管に留めるが、衣類・小物・家電類は長期化しやすい。

「スペースの確保にはいつも苦労しますね。」
「棚を拡張したいと思ってもバックヤードは限界があります。」

保管スペースの逼迫は動線の妨げとなり、他業務の効率にも影響する。
つまり忘れ物管理は、空間資源のマネジメントでもある。

棚はいつもいっぱいで保管の苦労は絶えない。

すぐに連絡しない理由──トラブル防止と信頼維持

忘れ物が見つかっても、ホテル側がすぐにお客様へ連絡するとは限らない。
財布やパスポート、貴金属などの“明確な貴重品”に限り、即時連絡を行う。

「携帯番号が分かっていればすぐご連絡しますが、固定電話の場合は夕方以降にします。」
「本人確認が難しいため、トラブル防止の観点です。」

過去には「本人以外への誤送付」「代理受取によるトラブル」などが業界全体で問題化した経緯もある。
だからこそ、あえてすぐに動かないことが“お客様を守る対応”となる場合もあるのだ。

逆に、お客様からの問い合わせがあった場合は、ホテル全体で即座に確認に入る。

「客室清掃、リネン業者、時にはゴミ保管庫まで確認します。」

この徹底がホテルの信頼を支える裏側にある。

紙の時代──「忘れ物台帳」と人依存の運用

数年前までは、ほとんどのホテルが紙の台帳による管理を行っていた。
清掃スタッフがノートに手書きで記録し、フロントが問い合わせのたびにページをめくって探す。

「以前は、お客様から電話が来るたびに、清掃スタッフに口頭で確認し、折り返しの電話をする必要がありました。」

この方式では、台帳を記入した本人でないと分からない情報が多く、人に依存する属人化運用が課題となっていた。
結果として、確認→連絡→梱包→発送までのプロセスが長く、スタッフの時間的負担が増す一方だった。

クラウドで変わる忘れ物対応──導入効果と現場の声

こうした課題を解決したのが、
クラウド型忘れ物管理システム『knotロスト&ファウンド』(メディアウェイブ社)だ。

佐藤総支配人は札幌勤務時代にシステムの利便性を実感し、横浜着任後すぐに導入を決めたという。
清掃スタッフは忘れ物を撮影し、写真と情報(ブランド・色・大きさ・特徴など)をクラウド上に登録。
フロントはリアルタイムで確認でき、問い合わせが入れば即座に該当物を特定できる。

「現物を探さなくても、写真を見ながらお客様とやり取りできるのは本当に助かります。」

導入によって夜間や早朝、スタッフの少ない時間帯でも即対応が可能になり、顧客満足度も向上した。

データで見える“見えないコスト”削減効果

システムを提供するメディアウェイブ社の分析では以下のコメントを頂きました。

「週末に1日100件以上の忘れ物が出るホテルもあります」
「導入後、問い合わせ対応時間が3分の1に減った例もあります」

つまり、スタッフの時間コストとお客様のストレス、両方を大幅に削減できたことになる。
忘れ物対応は「利益を生まない業務」だが、効率化によって“ムダな損失を防ぐ”業務へと変わる。
クラウド導入は収益を守るための投資といえる。

“心の距離”を縮める忘れ物対応

忘れ物対応の中には、ホテルのホスピタリティを象徴する瞬間もある。
パスポートを忘れたお客様のもとへ、ホテルスタッフがタクシーで空港まで届けたこともあるという。

「成田までのタクシー代はお客様ご自身のご負担でしたが、無事に出発できて安心された表情が印象に残っています。」
「忘れ物対応はクチコミで最も印象に残りやすい項目のひとつです。」

迅速な対応や丁寧な梱包は、ホテルの評価に直結する。
忘れ物対応は、滞在後の“アフターサービス”であり、ホテルにとっての無形のブランディング資産だ。

「忘れ物再流通」という新たな可能性

佐藤総支配人は、業界全体に向けて次のように提言する。

「捨てるだけではなく、再利用できる仕組みを考えてもいいと思います。たとえばインバウンドが少し使っただけでホテルに置いていったスキー板やウェアなどは再流通の余地があります。」

これは単なるエコの話ではなく、廃棄コストの削減と環境配慮型ブランドの構築という経営課題にも直結する。
ホテルが「リサイクルや寄付の仕組み」を導入すれば、社会的評価を高めると同時に、CSR(企業の社会的責任)の一環として機能する。
さらに、不要品を地域の福祉施設や観光PRイベントに再活用するなど、“地域共生型サステナビリティ”の可能性も広がる。

忘れ物対応から見える、ホテル経営の持続可能性

忘れ物という一見地味なテーマの中にも、ホテル経営の本質がある。
それは「持続可能なオペレーション」をどう設計するか、という問いだ。

  • スタッフが疲弊しない運用設計
  • お客様との信頼関係を守る対応力
  • 廃棄物を減らす仕組みづくり

これらを支えるのが、現場の知恵と適切なシステムである。
忘れ物対応の効率化は単なる業務改善にとどまらない。
それは人と時間と資源を大切にするホテル経営そのものであり、ホテル業界全体が抱える“持続可能性”へのヒントでもある。

取材協力

ホテルJALシティ関内 横浜 総支配人 佐藤 司 様
客室清掃会社、ホテル責任者
(協力:メディアウェイブ株式会社/knotロスト&ファウンド)

現場Tips──忘れ物対応を効率化する5つの工夫

  • 忘れ物対応は年間数百時間の固定費。まず「見える化」から始める。
  • クラウド管理で属人化を排除。写真+情報登録で問い合わせ対応を3分の1に。
  • 保管スペースは「棚面積のKPI化」で管理。動線を妨げない設計を。
  • 連絡タイミングは「即時」ではなく「安全確認後」。トラブル防止が信頼を守る。
  • 再流通・寄付の仕組みで廃棄コストを削減し、CSR評価を高める。

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