
はじめに
「良いバリアフリー客室とは何でしょうか?」
今回のインタビューで私が阿部社長に投げかけた質問です。
おそらく多くの宿泊施設関係者は、
・段差がないこと
・車いす対応トイレがあること
・広い客室であること
・手すりが設置されていること
といった設備面を思い浮かべるのではないでしょうか。
実際、私自身も取材前はそう考えていました
しかし約2時間にわたるインタビューを終えた今、
私は少し違う結論にたどり着いています。
今回の取材を通じて最も印象に残ったのは、
「車いす利用者が困っているのは設備不足ではなく情報不足である」
ということでした。
そしてもう一つ。
阿部社長は何度も「情報を増やしてください」とは言いませんでした
代わりに繰り返していた言葉があります。
「利用者が判断できる情報を出してください」です。
この言葉はバリアフリー客室だけの話ではありません。
実は私たちが日々行っているホームページ改善やOTA販売、
客室販売にも通じる宿泊業界の本質そのものだと感じました。
今回は、阿部建設株式会社 代表取締役社長であり、
車いす利用者向け宿泊施設情報サイト「IKKEL(イッケル)」を
運営する阿部一雄社長にお話を伺いました。
取材前、私は4つの仮説を持っていました。
仮説① 利用者が困っているのは設備不足ではなく情報不足
仮説② 良いバリアフリー客室とは設備ではなく安心感である
仮説③ 利用者は「歓迎されているか」を見ている
仮説④ バリアフリーは障害者対応ではなく高齢化社会への対応でもある
そしてインタビューの最後。
私は阿部社長にこの4つの仮説をお伝えしました。
返ってきた答えは非常にシンプルでした。
「高間さん、それは全部あっています」
今回のコラムでは、その理由をお伝えしたいと思います。

(左:阿部建設株式会社 阿部一雄社長)
第1章 なぜ阿部社長はIKKELを始めたのか
今回の取材でまず驚いたのは、IKKELが単なる宿泊施設紹介サイトではなかったことです。
私は取材前 「車いす利用者向けにバリアフリー対応宿を紹介するサイト」 という認識を持っていました。
もちろん間違いではありません。
しかし実際に話を伺うと、その認識はあまりにも表面的でした。

(IKKELで見る客室画像)
阿部社長は建設会社の5代目経営者です。
住宅から公共施設まで、ユニバーサルデザインやバリアフリーに関わる建築に長年携わってきた方です。
そしてご自身も車いす利用者として生活されています。
その中で感じてきたことがありました。
「泊まりたい宿があっても、本当に泊まれるか分からない」 ということです。
宿泊施設側は、 「バリアフリー客室があります」 と案内しています。
しかし利用者側からすると、 「私でも泊まれるのか」 が分からない。
ここに大きなギャップがありました。
例えば車いす利用者と一言で言っても状況は様々です。
自力で歩ける方もいます
短距離なら移動できる方もい
完全に車いすで生活している方もいます
電動車いすの方もいます
介助者と一緒に旅行する方もいます
夫婦ともに車いすというケースもあります
つまり、 「バリアフリー客室です」 という一言だけでは判断できないのです。
阿部社長が何度も口にしていたのは、
「人によって感じ方が違う」
という言葉でした。
5cmの段差を問題なく越えられる人もいます
同じ5cmでも宿泊を断念する人もいます
右側に手すりが必要な人もいます
左側に手すりが必要な人もいます
Aさんが宿泊できるからといってBさんも宿泊できるとは限らない。
逆に言えば、 バリアフリー認定を受けていない客室であっても、
実際には利用できる人がたくさん存在するのです。

(IKKELはまるで自分がこの場所にいるかのうように情報を知ることが出来る)
ここに私は大きな気づきがありました。
私たちはつい 「バリアフリー客室があるか」 で考えてしまいます。
しかし車いす利用者が本当に知りたいのは 「私が泊まれるか」 なのです。
この違いは非常に大きい。
だからこそ阿部社長は全国統一基準で情報を整理し、
利用者自身が判断できる環境を作ろうと考えました。
それがIKKELです。
そして取材が進むにつれ、私はさらに大きなことに気づきました。
本当はIKKELは宿泊情報サイトではありません。
本当は、
「旅行できる人を増やすための社会インフラ」
を作ろうとしているのです。
全国のバリアフリーコーディネーター
宿泊施設
行政
障害者団体
旅行者
建築士
これらをつなぎながら、 誰もが旅行できる社会を作ろうとしている。
だからIKKELという名前も象徴的でした。
「わたしもイケル」
「あなたもイケル」
IKKELにはそんな意味が込められています。
取材中、私は何度も 「なるほど」 と思いました。
しかし振り返ると、 阿部社長が作ろうとしているのは宿泊施設のデータベースではありません。
旅行をあきらめなくていい社会。そのための仕組みそのものなのだと思います。

第2章 利用者が困っているのは設備不足ではなく情報不足だった
今回の取材で、私が最も衝撃を受けたのはここでした。
正直に言うと、私は取材前、 車いす利用者が旅行できない理由は、
「バリアフリー客室が少ないから」 だと思っていました。
しかし阿部社長のお話を聞けば聞くほど、その考えは変わっていきました。
実際には、
宿泊できる施設がないのではない、
宿泊できるかどうか判断できない施設が多い。
というのが現実だったのです。
例えば宿泊施設のホームページに 「バリアフリー対応客室」 と書かれていたとします。
宿泊施設側からすると、 十分に情報を出しているつもりです。
しかし車いす利用者からすると、 実は何も分からない。
・入口の幅は何センチか

・客室内で車いすを回転できるか
・トイレ入口の幅は何センチか その足元はどうなっているのか

・浴室入口に段差はあるのか

・ベッドの高さはどれくらいか
・どの位置からベッドへ乗り移れるのか

・介助者が横に立てるスペースはあるか
・駐車場から客室まで段差はないか
・貸出備品はあるか
・福祉タクシーやヘルパーの手配できるか
・食事会場へ移動できるか
・きざみ食など、食事の相談は可能なのか
利用者が知りたいことは山ほどあります。
しかし宿泊施設側が出している情報は、
「バリアフリー対応客室」 の一言だけ。
これでは判断できません。
私は今回、ある言葉が強く印象に残りました。
阿部社長は何度も
「利用者によって必要な情報が違う」
と話されていました。
例えば5cmの段差。健常者からすると、ほとんど気にならないかもしれません。
しかし車いす利用者にとっては、その5cmが旅行できるかどうかを左右することがあります。
一方で、別の利用者は「5cmなら介助者がいるから大丈夫」と考えるかもしれません。
つまり問題なのは段差の有無ではありません。
段差があることを事前に知れるかどうかなのです。
実際に阿部社長は、 バリアフリー認定を受けていない客室であっても、
利用できる人はたくさんいると話していました。
ここは非常に重要なポイントだと思います。
宿泊業界では 「バリアフリー客室がないから無理」 と考えてしまいがちです。
しかし利用者視点では違います。
段差があっても利用できる人がいる
簡易スロープがあれば利用できる人がいる
介助者がいれば利用できる人がいる
だからこそ、
「バリアフリー客室があるか」
よりも
「どんな状態なのか」
の方が重要になるのです。
今回の取材で印象的だった事例があります。
私どものクライアントである、さくらPORT・HOTEL様のユニバーサルルームについて
阿部社長に見ていただきました。

(さくらPORT・HOTEL公式WEBサイト内、ユニバーサルルーム)
すると、
平面図は分かりやすい
客室の情報も整理されている
判断できる情報も多い
という評価をいただきました。

しかし一方で、 「客室と浴室の境目の写真があるともっと良い」 というアドバイスもいただきました。
最初は私も少し意外でした。なぜなら、 ユニバーサルルームなのだから、 段差はないだろうと思っていたからです。
しかし利用者からすると違います。
本当に段差がないのか。
何センチなのか。
実際に見ないと分からない。
ホテル側は 「当然あるだろう」 と思っている。
利用者側は 「そこが知りたい」 と思っている。
ここにもすれ違いがありました。
この話を聞いていて、 私は普段のWEBコンサルティングの仕事を思い出していました。
宿泊施設は情報をたくさん載せたがります。
お客様が知りたいことと、 宿が伝えたいことは違う。
阿部社長のお話は、 車いす利用者の宿泊というテーマを通じて、
この本質に別の角度から光を当ててくれました。
その結果、
宿泊施設への問い合わせも減る
利用者も安心して予約できる
宿泊施設の現場負担も減る
まさに双方にメリットがあります。
今回の取材で私は確信しました。
車いす利用者が困っているのは、設備不足ではありません。情報不足です。
そしてその情報不足とは、情報量の不足ではなく、判断材料の不足なのです。
この違いは、宿泊業界にとって想像以上に大きい。
物理的な課題の解決にも、
「良いバリアフリー客室とは何か」
という問いにもつながっていきます。
第3章 良いバリアフリー客室とは何か
今回のインタビューで、 私が最も聞きたかった質問があります。
それが、
「良いバリアフリー客室とは何でしょうか?」
という問いです。
私は宿泊施設のWEBコンサルティングという仕事柄、これまで多くのホテル・旅館を見てきました。
そのため取材前は、 最新設備を備えた客室や、 広いユニバーサルルーム、
高額な改修を行った客室こそが、 良いバリアフリー客室なのだろうと考えていました。
しかし阿部社長の答えは違いました。むしろ非常にシンプルでした。
車いすが通れる幅があること
段差がないこと。あるいは簡易スロープなどで対応できること
極端に言えば、 まずはそこからで良い。
そんなニュアンスだったのです。 私は正直驚きました。
もっと大掛かりな設備投資の話になると思っていたからです。
しかし話を聞けば聞くほど、 その考え方に納得していきました。
なぜなら、
利用者が求めているのは
「豪華な設備」 ではなく
「安心して宿泊できること」
だからです。
例えば、 浴室に立派な設備があったとしても、入口に車いすが通れなければ意味がありません。
高価な手すりを設置していても、 利用者に必要な位置でなければ意味がありません。
広い客室であっても、 ベッドへ移乗できなければ意味がありません。
つまり、 設備そのものが価値なのではなく、 利用できることが価値なのです。
今回の取材で印象的だったエピソードがあります。
阿部社長は、 手すりの話をしてくださいました。
例えばトイレに手すりが設置されているとします。
宿泊施設側からすると、「ちゃんと手すりを付けています」という認識です。
しかし利用者からすると、そう単純ではありません。
右側に手すりが必要な方もいます
左側に手すりが必要な方もいます
つまり、手すりがあることと、 使えることは別問題なのです。
場合によっては、
せっかく設置した手すりが、
特定の利用者には全く意味を持たないこともあります。
私はこの話を聞いて、 宿泊業界全体に通じる話だと感じました。
私たちはどうしても 「やったかどうか」 に目が向きます。
しかしお客様が見ているのは 「使えるかどうか」 なのです。
さらに興味深かったのは、 阿部社長がバリアフリー客室という考え方そのものに、
ある意味で縛られていないことでした。
私は勝手に、 バリアフリー認定を受けた客室こそが理想だと思っていました。
しかし阿部社長は、 そうではないと言います。
例えば少し段差がある客室。
厳密にはバリアフリー客室と認定されないかもしれません。
しかし、 その段差を越えられる利用者もいます。
介助者がいれば利用できる人もいます。
ホテルが簡易スロープを用意していれば利用できる人もいます。
つまり、 バリアフリー認定の有無だけで、 利用できるかどうかは決まらないのです。
私はここに、 今回の取材の本質があると思いました。
宿泊施設は、 「バリアフリー客室がないから対応できない」 と考えがちです。
しかし利用者は、 「自分が利用できるか」 で判断しています。
だからこそ、 客室を増やす前に、 客室の状態を伝えることが重要になるのです。
実際に阿部社長は、
既存施設の中にも利用できる客室はたくさんあると話していました。
例えば和室。 ベッドがないから難しいと思われがちです。
しかし利用者によっては、 ベッドを一台置くだけで利用可能になるケースもあります。
例えば段差。 大規模改修が必要だと思われがちです。
しかし簡易スロープで解決できる場合もあります。
つまり、 何千万円もかけた改修だけが答えではない。
まずは利用者目線で見直してみること。 それが出発点になるのです。
そして私は取材中、
ある仮説を阿部社長にぶつけました。
「良いバリアフリー客室とは、設備ではなく安心感ではないでしょうか」
すると阿部社長は、「その通りです」 という趣旨のお話をしてくださいました。
安心感。
この言葉が私は非常に重要だと思っています。
車いす利用者は、旅行そのものが不安との戦いです。
本当に入れるだろうか
トイレは使えるだろうか
お風呂は大丈夫だろうか
現地で困らないだろうか
宿泊施設側からすると、 小さな段差かもしれません。
しかし利用者にとっては、 旅行できるかどうかを左右する大問題です。
だからこそ、 安心して予約できることが価値になる。
ここで私は、 今回のタイトルにもつながることに気づきました。
車いす利用者が困っているのは設備不足ではなく情報不足だった。
そして、 良いバリアフリー客室とは豪華な設備ではなく、 安心して予約できる客室だった。
この二つは実は同じ話なのです。 安心感は設備から生まれるのではありません。
安心感は、 判断できる情報から生まれるのです。
だから私は今回、
バリアフリー客室についての考え方が大きく変わりました。
良いバリアフリー客室とは、
お金をかけた豪華な設備の客室ではない。
利用者が安心して予約できる客室である。
そしてその安心感は、
利用者が判断できる情報を宿泊施設が提供することで生まれる。
これが阿部社長へのインタビューを通じて私がたどり着いた結論でした。

第4章 宿泊施設が誤解していること
今回の取材を通じて、 私が最も考えさせられたのは、
宿泊施設側と車いす利用者側の間に存在する 「認識のズレ」 でした。
そしてそのズレは、 決して悪意によって生まれているわけではありません。
むしろ多くの場合、 宿泊施設側は良かれと思って取り組んでいます。
しかし利用者には伝わっていない。あるいは利用者が求めているものと少し違う。
その結果として、 大きなすれ違いが生まれているのです。
これは宿泊施設に責任があるという話ではありません。
むしろ毎日見ているからこそ、 気づけなくなっているのだと思います。
ホテルスタッフにとっては当たり前の景色。
しかし利用者にとっては、 旅行できるかどうかを左右する重要な情報。
この視点の違いが、 まさにすれ違いを生んでいるのです。
例えば、 「車いす貸出あり」 という情報。
しかし利用者は、
どのタイプの車いすなのか
客室まで使えるのか
浴室用なのか
そういったことを知りたいかもしれません。
つまり、 出している情報と、 知りたい情報が一致していないのです。
その好例として阿部社長が紹介してくださったのが、 沖縄のパシフィックホテル様の事例でした。
同ホテルでは、 詳細なバリアフリー情報をIKKELへ誘導しています。
これは非常に合理的な考え方だと感じました。
ホームページですべてを説明しようとすると、 情報量が膨大になります。
しかも利用者によって必要な情報が違う。
その結果、 情報が増えるだけで判断しづらくなる可能性もあります。
だからこそ、 専門プラットフォームで判断できる情報を整理して伝える。
この考え方は非常に参考になりました。
さらに興味深かったのは、 阿部社長が紹介してくださった成功事例です。
島根県のなにわ一水様
山梨県の富士レークホテル様
どちらも車いす利用者から高い支持を集めています。
私はその理由を聞いて、 設備だけでは説明できないと感じました。
もちろんハード面の整備もあります。
しかしそれ以上に、 利用者目線で考える姿勢がある。必要な情報を出している。
受け入れる意思が伝わる。そうした積み重ねが評価につながっているように感じました。
ここで私は、 取材前に立てていた仮説③を思い出しました。
利用者は 「歓迎されているか」 を見ている。
インタビュー終盤、 私はこの仮説を阿部社長にぶつけました。
すると、 阿部社長はその考え方に強く共感してくださいました。
私は今回、 設備以上に重要なものがあると感じています。
それは 「ウェルカムの姿勢」 です。
完璧な設備はなくてもいい
できる範囲で受け入れたい
そのために情報を公開する
足りない部分も正直に伝える
利用者が判断できるようにする
その姿勢こそが、 利用者に安心感を与えているのではないでしょうか。
逆に、どれだけ設備が整っていても、
情報がない
問い合わせても分からない
誰も説明できない
そうなると利用者は不安になります。
私は今回の取材を通じて、
宿泊施設が誤解していることは、
設備そのものではないと感じました。
本当に重要なのは、
利用者が安心して判断できる状態を作ること。
歓迎されていると感じてもらうこと。
設備はそのための手段です。目的ではありません。
この考え方は、バリアフリー対応だけではなく、
宿泊業界全体にも通じる重要な視点だと思います。

第5章 情報を増やせではなく判断できる情報を出せ
今回のインタビューで、私が最も印象に残った言葉があります。
それは、
「情報を増やしてください」
ではありませんでした。
阿部社長が何度も繰り返していたのは、
「判断できる情報を出してください」
という言葉です。
この言葉を聞いた瞬間、
私はバリアフリーの話を聞いているはずなのに、
なぜか普段のWEBコンサルティングの現場が頭に浮かびました。
なぜなら、 宿泊施設のホームページやOTA販売でも、
まったく同じことが起きているからです。
例えば、 客室説明でよく見かける文章があります。
全室畳敷き
シモンズ社製ベッド
ロフテー快眠枕
120cm×160cmの洗い場付きバス
加湿空気清浄機
USBポート完備
もちろん間違った情報ではありません。
しかし、 それを読んだお客様は、 予約を判断できるでしょうか。
シモンズベッドだから予約するのでしょうか
USBポートがあるから予約するのでしょうか
浴室サイズが120cm×160cmだから予約するのでしょうか
そうではありません。
お客様が知りたいのは、その設備によって何が得られるのかです。
ぐっすり眠れるのか
小さな子どもと一緒にお風呂に入れるのか
長旅の疲れを癒せるのか
三世代旅行でも快適なのか
本当に知りたいのは、スペックではなく体験です。
あるいは、WEB上の宿泊情報の価値そのものです。
そして私は今回、 阿部社長のお話を聞いていて、 あることに気づきました。
車いす利用者が知りたいことと、健常者が知りたいことは違う。
しかし、 本質は同じなのです。
車いす利用者は、
段差があるか知りたい
ドア幅を知りたい
ベッド高さを知りたい
浴室入口を知りたい
なぜか。 それが判断材料になるからです。
一方で一般のお客様も、 客室を予約するとき、 本当は同じことをしています。
景色はどうか
部屋は広いか
静かに過ごせるか
食事は満足できそうか
記念日にふさわしいか
つまり、
人は情報が欲しいのではありません。
判断材料が欲しいのです。
私は今回の取材を通じて、 宿泊業界の永遠のテーマを改めて考えさせられました。
お客様が知りたいことと、 宿が伝えたいことは違う。
宿は頑張って説明しています
設備も書いています
客室情報も書いています
写真も掲載しています
しかし、 その情報がお客様の判断材料になっていなければ、 存在していないのと同じです。
これは今回のインタビューで何度も登場した 「バリアフリー客室があります」 という表現にも通じます。
宿側は説明したつもり
利用者は判断できない
だから問い合わせが発生する
だから不安になる
だから予約をやめる
ここに、 宿泊施設と利用者のすれ違いがあります。
そして私は、 今回の取材でIKKELが目指しているものも、
実はここにあるのだと思いました。
100個の情報があっても、 判断できなければ意味がない。
逆に、 利用者が判断できる情報が整理されていれば、 安心して予約できる。
だからIKKELでは、 情報量を増やすことそのものを目的にしていません。
利用者が自分で判断できること。 そこに価値があります。
実はこれは、 宿泊施設のWEB販売でも全く同じです。
売れているページは、情報量が多いページではありません。
お客様が判断しやすいページです。
逆に、どれだけ長文を書いても、どれだけ設備を並べても、
判断できなければ予約にはつながりません。
私は今回、バリアフリーというテーマを通じて、
宿泊業界の本質を改めて学ばせていただいた気がします。
阿部社長は、車いす利用者向けの情報について話されていました。
しかしその言葉は、
宿泊施設のホームページ制作にも、
OTA販売にも、
プラン造成にも、
写真撮影にも、
すべて通じていました。
情報を増やせ。
ではない。
判断できる情報を出せ。
今回の取材で私が最も強く心に残った言葉です。

第6章 古い旅館・ホテルは何から始めるべきか
ここまで読んで、 「うちは無理だ」 と思った方もいるかもしれません。
バリアフリー客室なんてない
エレベーターも小さい
館内には段差がある
建物も古い
今さら大規模改修なんてできない
実際、 国内にはこのような施設は数多くあります。
むしろ地方の旅館やホテルの多くは 歴史ある建物を活かしながら営業しています。
だからこそ私は、 今回のインタビューでこの質問をぶつけました。
「古い旅館やホテルは何から始めるべきでしょうか」
阿部社長の答えは明快でした。
「できるところからやればいい」
私はこの言葉に救われる宿泊施設も多いと思いました。
なぜなら、 バリアフリーという言葉を聞くと、
どうしても数千万円規模の改修工事を想像してしまうからです。
しかし阿部社長のお話は違いました。
まず優先すべきなのは、
出入口。そして、お風呂。 トイレ。
利用者が本当に困る場所から考える。
実にシンプルです。
そして興味深かったのは、 段差についてのお話でした。
私は勝手に、 段差は絶対悪だと思っていました。
しかし阿部社長は、 段差そのものよりも、
どう乗り越えるかの方が重要だと話されていました。
例えば簡易スロープ
例えば介護機器
例えば補助器具
例えば同伴者による介助
大規模工事をしなくても、 解決できることは意外と多い。
これは私にとって大きな発見でした。
さらに阿部社長は、
「工事をしなくても使える客室はたくさんある」
という趣旨のお話もされていました。
例えば和室
例えば広めの客室
例えばベッドを後から設置できる部屋
宿側は 「バリアフリー客室ではない」 と思っている。
しかし利用者側は 「その条件なら利用できる」 と思うことがある。
ここでもまた、 情報の問題が出てきます。
宿側が勝手に 「うちは対応できない」 と決めてしまう。
しかし利用者は、 その情報があれば判断できる。
実際、 今回の取材を通じて私は、
バリアフリー対応とは 「できる・できない」 ではなく、 「どこまでできるか」 を伝えること
なのだと感じました。
もちろん、 何でも受け入れれば良いという話ではありません。
できないことはできないと伝える。
危険なことは危険だと伝える。
その上で、 できる範囲を正しく伝える。
それが結果的に、 利用者の安心につながります。
私はこの考え方に非常に共感しました。
なぜなら宿泊業界には、 完璧ではない施設が数多く存在するからです。
しかし、 完璧ではないことと、 受け入れられないことは違います。
むしろ地方の旅館やホテルには、 大手チェーンにはない魅力があります。
地域の文化
地元の料理
温泉
景色
歴史
そうした価値を、 車いす利用者にも届けられる可能性があります。
そしてその第一歩は、 数千万円の改修工事ではありません。
自分たちの施設を正しく知ること
どこに段差があるのか
どの客室なら対応しやすいのか
どんな備品があれば補えるのか
そこから始まります。
さらに阿部社長は、 補助金の活用についても触れられていました。
バリアフリー関連の整備は、 補助金対象になるケースも少なくありません。
大規模改修だけが選択肢ではない。
小さな改善を積み重ねる方法もある。
これは多くの宿泊施設にとって希望になる話ではないでしょうか。
私は今回の取材を通じて、 バリアフリー対応に対する考え方が大きく変わりました。
以前の私は、 「設備投資が必要な世界」 だと思っていました。
しかし阿部社長のお話を聞いて感じたのは、 まず必要なのは設備投資ではなく、
受け入れる意思と情報整理なのだということです。
簡易スロープを置く
シャワーチェアを用意する
トランスファーボードを貸し出す
できることを伝える
できないことも伝える
その積み重ねが、 利用者にとっての安心につながる。
そしてその先に、 これまで旅行を諦めていた方との新しい出会いが生まれるのだと思います。
バリアフリー対応とは、 巨額投資から始まるものではありません。
まずは、 自分たちの宿を知ること。 そして、 利用者が判断できる情報を伝えること。
阿部社長のお話から見えてきたのは、
そんな現実的で再現性の高い第一歩でした。
第7章 IKKELが宿泊業界にもたらす未来
今回の取材を通じて、私は途中からある違和感を覚えていました。
それは、阿部社長のお話が、単なるバリアフリー客室の話ではなくなっていたことです。
車いす利用者の話
宿泊施設の話
情報発信の話
インバウンドの話
行政との連携
コーディネーター育成
教育
認定制度
研究
モニター調査
話を聞けば聞くほど、
IKKELは宿泊施設を紹介するサイトではないように感じてきました。
そしてインタビュー後、
阿部社長から送っていただいた体系図を見た瞬間、
私はようやくその正体が分かりました。
正直に言うと、私はそれまでIKKELを
「車いす利用者向けの宿泊情報サイト」
だと思っていました。
しかし体系図の中心にあったのは、宿泊施設の掲載数でも、
サイトのアクセス数でもありませんでした。
そこに描かれていたのは、
日本バリアフリーコーディネーター協会
バリアフリー総合研究所
障害当事者ネットワーク
行政との連携
認定制度
教育
調査研究
そして宿泊施設支援でした。

(阿部社長より提供いただいた資料)
つまり阿部社長が作ろうとしているのは、
宿泊施設を紹介するサイトではありません。
利用者と宿泊施設をつなぐ仕組みそのものです。
私はその図を見た時、ようやく腑に落ちました。
本当はIKKELは社会インフラを作ろうとしている。
私はそう感じました。
旅行に行きたい人がいる。
しかし、情報がない。
宿側も受け入れたい。
しかし、何を伝えればいいのか分からない。
その間にある情報の断絶を埋める。
それがIKKELの本質なのだと思います。
私は取材前、バリアフリー対応とは既存の旅行需要を取り合う話だと思っていました。
しかし違いました。
阿部社長が見ている世界は、
今まで旅行に行けなかった人が旅行へ行けるようになる世界です。
年に一回しか旅行していなかった人が、二回行けるようになるかもしれない。
家族旅行を諦めていた人が、旅行できるようになるかもしれない。
夫婦二人とも車いす利用者で、今まで宿選びに苦労していた人が、安心して旅行できるようになるかもしれない。
つまり、既存のパイを奪い合う話ではありません。
旅行市場そのものを広げる話なのです。
これは宿泊業界にとっても大きな意味があります。
旅行する人が増える
宿泊する人が増える
地域で使われるお金が増える
観光地が潤う
宿が潤う
結果として、地域経済全体が豊かになる
私はここに、阿部社長が描いている未来を感じました。
さらに興味深いのは、この仕組みが宿側にもメリットをもたらすことです。
宿泊施設は、来てほしいお客様に来てもらいたい。
一方で、ミスマッチは避けたい。
実際、受け入れ可能だと思って予約を受けた結果、
現地でトラブルになるケースもあります。
利用者にとっても不幸です。
宿にとっても不幸です。
だからこそ、事前に判断できる情報が必要になる。
期待値を合わせる。
できることと、できないことを明確にする。
その結果、利用者は安心して予約できる。
宿側も安心して受け入れられる。
私はこれは、宿泊施設にとっての省人化施策でもあると思いました。
問い合わせが減る
同じ説明を何度もしなくて済む
スタッフの負荷が減る
さらに、多言語対応まで実現できる
実際に阿部社長は、インバウンド対応の可能性についても語られていました。
海外から日本を訪れる車いす利用者・高齢者は少なくありません。
しかし、日本の宿泊施設の情報は海外から見ると非常に分かりづらい。
だからこそ、多言語で整理された情報の価値は大きい。
私は今後、Booking.comやExpediaで宿を探す前に、
まずIKKELで候補を絞り込む利用者も増えていくのではないかと感じています。
そしてもう一つ、これは私自身の仮説ですが、
AI時代になればなるほど、この価値は大きくなるかもしれません。
なぜならAIは、情報量が多いサイトよりも、
信頼できる整理された情報を好むからです。
車いす利用者向けの宿を探す際、
AIが優先的に参照する情報源の一つになる可能性も十分にあるでしょう。
そうなれば、IKKEL掲載施設は単なる掲載施設ではなくなります。
「車いす旅行を考えたときに最初に見つかる宿」になる可能性があります。
私は普段、宿泊施設の皆様に「目的地になる宿を目指しましょう」とお話ししています。
今回の取材を通じて感じたのは、IKKELはまさにその入口になり得るということです。
今までは、車いす利用者が「泊まれる宿」を探していました。
しかしこれからは、「泊まりたい宿」を探せる時代になるかもしれません。
そして私は、その未来こそがIKKELの本当の価値なのではないかと思っています。

第8章 取材を終えて
今回のインタビューは1時間の予定でした。
しかし実際には2時間近くお話を伺うことになりました。
それだけ阿部社長のお話が面白かったということでもありますが、
私自身、 途中からバリアフリー客室の取材をしている感覚ではなくなっていました。
宿泊施設とは何か
情報発信とは何か
そして、 お客様に選ばれるとは何か
そんな宿泊業界の本質について考えさせられる時間だったからです。
取材前に確信していた4つの仮説は、
阿部社長の「全部合っています」という言葉の通り、
すべて確信へと変わりました。
私は同時に、 宿泊業界のWEBコンサルティングを続けてきた中で、
見えていた景色は間違っていなかったのだとも感じました。
今回の取材を通じて、 私が最も強く感じたことがあります。
それは、 車いす利用者が求めているものと、 健常者が求めているものは、 本質的には同じだということです。
本人も、ご家族も、安心して宿泊したい。
ただそれだけなのです。
そしてその願いは、 私たち誰もが旅行に求めているものではないでしょうか。
安心して予約したい
失敗したくない
期待通りの滞在をしたい
そのために必要なのは、 豪華な設備ではありません。
判断できる情報です。
例えば、前述したさくらPORT・HOTEL様の事例のように、
宿側の「当たり前」と利用者の「知りたい」のギャップを埋めることが大切になってきます。
ホテル側はできていると思っている。
利用者側は判断できない。
その小さなすれ違いが、 予約を諦める理由になることもある。
私はこの話が非常に印象に残りました。
そしてそれは、 バリアフリー客室だけの話ではないと思っています。
宿泊施設のWEB販売でも、 同じことが毎日のように起きています。
宿が伝えたいこと
お客様が知りたいこと
その間には、 想像以上の距離があります。
今回のインタビューを通じて、 私は改めてそのことを実感しました。
また、 阿部社長が繰り返し話されていた
「良いバリアフリー客室とは何か」
という問いも印象的でした。
私は取材前、 設備の話になると思っていました。
しかし違いました。
良いバリアフリー客室とは、 豪華な設備のある客室ではありません。
利用者が安心して予約できる客室です。
そしてその安心は、 数千万円の設備投資だけで生まれるものではありません。
正しい情報
期待値調整
受け入れる姿勢
そうした積み重ねによって生まれるものなのだと思います。
さらに今回、 私はIKKELという取り組みそのものにも大きな可能性を感じました。
今まで旅行を諦めていた人が、 旅行に行けるようになる
年に一度だった旅行が、 二度三度になるかもしれない
宿泊施設も、 来てほしいお客様に来てもらえるようになる
結果として、 地域にお金が落ちる
観光が活性化する
宿泊業界が豊かになる
私はそんな未来を想像しました。
そして何より印象的だったのは、 IKKELという名前です。
「わたしもイケル」
「あなたもイケル」
阿部社長はそう説明してくださいました。
私はこの言葉を聞いた時、 単なるサービス名ではないと感じました。
旅行を諦めていた人に、 もう一度旅へ出る勇気を与える言葉
宿泊施設に、 受け入れるためのヒントを与える言葉
そんな願いが込められているように思えたのです。
宿泊業界は今、 人手不足や物価高騰など、 多くの課題を抱えています。
しかし一方で、 まだ私たちが出会えていないお客様もたくさんいます。
今回の取材は、 そのことを改めて教えてくれました。
もし皆様の施設が、 車いす利用者や高齢者の受け入れについて考え始めているのであれば、
まずは 「何ができるか」 ではなく、 「何を伝えられるか」 から考えてみてはいかがでしょうか。
その小さな一歩が、 誰かの 「行けない」 を 「行ける」 に変えるかもしれません。
そしてそれは、
宿泊施設にとっても、
新しい未来への第一歩になるのだと思います。

取材協力
阿部建設株式会社
代表取締役社長 阿部 一雄様
https://abe-kk.co.jp/
IKKEL – バリアフリーな宿泊施設の情報サイト
https://ikkel.or.jp/
「車いす建築士」阿部一雄 バリアフリーチャンネル
https://www.youtube.com/channel/UCuYY2CKpLLaOKFKJurP0EkA